KOGEIマガジンVol.16 山崎晴太郎さん

第16回目の今回は、「金沢アートスペースリンク」に参加の古書店・ギャラリー「serif s(セリフ・エス)」を運営する株式会社セイタロウデザイン代表・山崎晴太郎さんに電話取材を敢行し、金沢にお店を構えるに至った経緯や、タイポグラフィの魅力についてお聞きしました。
文章:大和絵里加(AMD)

山崎晴太郎(やまざき・せいたろう)

1982年生まれ。神奈川県横浜市出身。
2005年 New York Film Academy 修了
2006年 立教大学 社会学部 現代文化学科 写真専攻 卒業
2016年 京都造形芸術大学大学院(芸術環境・建築設計) 修士課程修了。
PRエージェンシーを経て2008年独立し、株式会社セイタロウデザインを設立。企業のデザインブランディングやプロモーション設計を中心に、グラフィック・WEB・建築・プロダクトと多様なチャネルのアートディレクションおよびデザインワークを幅広く手がける。

—リノベーションで受け継がれる古書店の歴史

金沢有数の観光地・ひがし茶屋街にほど近く、最新ショップが軒を連ねる話題の尾張町エリアで、一際目を引く建物が、株式会社セイタロウデザインが運営するタイポグラフィ専門の書店・ギャラリー「セリフ・エス」。東京をメインに事業を展開する同社が金沢に書店を構えたきっかけは、古町家との運命的な出会いだったといいます。「どこかに支社を出したいと思い場所を探していて、金沢を訪れたとき、とても良い物件を見つけたのです。かなり古い建物でしたが、もともと『南陽堂書店』という書店があった場所だということに縁を感じたのと、大学院で建築を専攻していて町家の改修にも興味があったので、ここに決めました」と山崎さん。築100年以上の古町家をリノベーションし、2016年3月にオープンさせました。店内にはタイポグラフィに関する貴重な書籍が数多く陳列され、デザイン従事者や学生、海外からの観光客が時間を忘れて熱心に見入っています。

—タイポグラフィであぶり出す「思想の周辺」

タイポグラフィとは、活字の書体や配置で表現する、文字によるデザインのこと。山崎さんによれば、タイポグラフィは日本でいえば書道のようなもの。海外では専門の学部が設けられるほど技術が体系化されていて、政治や産業などとも密接に結びついています。デザインは個人のセンスだけで成り立っていると思われがちですが、そうではなくて、背景にはさまざまな歴史やロジックが存在している。そのなかの一つがタイポグラフィ」なのだといいます。

 

そして、セリフ・エスで行われた展示「思想の周辺」では、キュビズム・時間・円周率という3つのテーマを、山崎さんを含めた4人のデザイナーがタイポグラフィで表現しています。

 

「例えば、『グラス』という言葉を発したとき、世の中の約9割の人が、透明な容器に液体が入っている物体を思い浮かべるでしょう。それが『グラス』という概念の頂点です。では、その物体に指一本で塞げる程度の穴が開いていたらどうでしょう。『液体の温度や触感を感じることができるグラス』だと考えられるかもしれません。しかし、両手で塞ぎきれない13個の穴が開いている物体となれば、『これはグラスだ』と言う人と、『グラスではない』と言う人がいるはずです。僕は、そのような概念の境界線に美しさの本質があると考えていて、それを可視化したものが今回の取り組みです」と山崎さん。

 

それぞれのテーマにつき3連で構成された作品群は、丸や直線とともに配置されたアルファベットが単なる図形にも見え、その一つひとつに意味があることを忘れてしまうくらい、作り出された世界の一部として機能しています。概念と概念の狭間にある曖昧な「何か」の正体をあぶり出した今回の展示は、人類の発明の一つである“文字”について考えさせられるものでした。何千年も前から、私たちの生活のすぐそばにあり続けたその存在を見つめ直したとき、見えてくるのは“人間”なのかもしれません。山崎さんが語ってくださったとおり、タイポグラフィを通して、文字と思想の濃厚な結びつきを感じる展示でした。

 

「思想の周辺」のほかにも、セリフ・エスではさまざまな企画展を開催しています。学生や識者、文化人たちが足しげく通い、ときには論争を繰り広げていたというこの場所で、皆さんも文字の奥深さに浸ってみてはいかがでしょうか。