KOGEIマガジンVol.7 荒井利春さん/池田晶一さん
KOGEIマガジン7回目の今回は、10/22(日)に行われた「○△□茶会」のスーパーバイザーを務めた、一般社団法人ユニバーサルデザインいしかわ理事長・荒井利春さんと、陶芸家の池田晶一さんです。茶会当日のレポートとともに、開催に至るまでの構想や経緯についてお聞きしました。
文章:大和絵里加(AMD)
荒井利春(あらい・としはる)
Arai UD Workshop荒井利春実験工房 主宰、金沢美術工芸大学名誉教授。1980年代より、体の機能に障がいのあるセンシティブなユーザーと日用品や家具、住宅設備を開発し、多数のデザイン賞受賞。
池田晶一(いけだ・しょういち)
陶芸家。⾦沢美術⼯芸⼤学⼯芸科教授。陶磁を専門とし、環境造形の分野で建築などに関わる作品や生活環境に関わる作品を発表する。
代表作として、「印象」光と翳(金沢駅西口広場 モニュメント 2014年制作)がある。
—新たな発見と創造でいしかわのまちを豊かにしたい
2017年春に発足した、一般社団法人ユニバーサルデザインいしかわは「1本のスプーンからまちづくりまで」をモットーに、誰もが石川・金沢での暮らしを楽しむためのものづくりや都市デザインを行っています。「ユニバーサルデザインとは外来の言葉ですが、考え方自体は普遍的なもの。それぞれのまちで暮らす多様な人々が手を取り合い、新しい暮らしを創造していくということなのです」と理事長の荒井さん。そして、石川・金沢というまちの文化に向き合い、ユニバーサルデザインを考えたときに生まれたのが「○△□茶会」なのだといいます。
—共に創り、楽しみ、生きる ○△□(ユニバーサル)茶会
茶の文化が今もなお息づく金沢。季節や茶会の趣旨に合わせて設えられ、客を楽しませる「菓子」と「器」を、ユニバーサルデザインの観点から見直すことが○△□茶会のスタートだったといいます。指の力が弱くても、きれいな所作でお茶を飲むことができる茶碗とは。目の見えない方でも安心して食べられる菓子とは。菓子は、作り置きや店舗販売をしないことで有名な上生菓子の名店・吉はし菓子店の協力のもと、今回の茶会のために特別に制作。茶碗制作を依頼された金沢美術工芸大学教授の池田晶一さんは、「私たちが一方的に頭でだけ考えて、障がいのある方のための茶碗を提示して差し上げるのは少し違うな」と感じ、共に創りたいとの思いで、障がいのある方との陶芸教室を開催したのだそうです。
3時間の陶芸教室では、参加者が思い思いのお茶碗を作られました。「できあがったのは素直な形のものばかり。陶芸家が作った茶碗には奇抜なデザインのものもありますが、今回は持ちやすくて飲みやすいことに重点を置いたわけですから当然ですよね。デザインを突き詰めていくと、使いやすいものにならざるをえないし、本来、作る人と使う人の距離って近いものなんです。そういった工芸の基本や自分の在り方まで考えさせられました」と池田さんは語ります。○△□茶会では、陶芸教室で参加者が作った茶碗をお手本に池田さんが制作した、12個の茶碗が使われました。
—静寂と暗闇に包まれて 五感で味わう秋夜の茶会
10月22日、鈴木大拙館。台風前日となったこの日はあいにくの雨模様でしたが、水面に響く雨音が会場の静けさをより一層際立たせていました。参加者が「展示空間」に集められると、荒井さんと池田さんからは茶会で使われる茶碗の制作経緯が説明され、陶芸教室に参加された方々からも制作時のエピソードが披露されました。そして一行は「水鏡の庭」の横の外部回廊を通り、暗闇のなかにかすかな光が灯る「思索空間」へ。来館者が思索を行うためだけに造られたという静謐の空間は秋夜の幽美さをまとい、茶道裏千家今日庵業・奈良宗久氏の点前が始まると、参加者たちが五感を研ぎ澄ませ、目の前に出されたものの形や味、香りを探し当てるようにゆっくりと確かめている姿が印象的でした。
陶芸教室で制作された茶碗の焼きあがりと初対面された参加者の方。喜びのなかに誇らしげな表情が見てとれました。
吉はし菓子店制作「群雲」。温かな葛菓子のなかには蒸し栗が入っており、うっすらと雲がかかる夜空に月が透けて見えるかのよう。手で持って食べやすく、視覚に障がいのある方にも残りの量がわかりやすいよう、四角形が採用されたそうです。
この日「思索空間」に掛けられた軸は、仏教哲学者・鈴木大拙による「色不異空」の書。江戸時代の禅僧・絵師である仙厓義梵(せんがいぎぼん)の「○△□」から着想を得て書かれたものであるといいます。さらに大拙はこの「○△□」を西欧に紹介する際、独自の解釈で“The Universe(宇宙)”と訳したともいわれています。
「大拙は禅と茶の関係について、根本にある精神的な考え方はどちらも、お互いの存在を認め合うということ。そしてお茶の時間というのは、短いひとときの平和な世界を共有することだとも語っています。そのような大拙の考えに出会い、我々のお茶会を鈴木大拙館で行うことの意味を再発見できました」と荒井さんは語ります。
出会いと、大拙との不思議な縁が生んだ○△□茶会。暗闇と静寂のなかで、時間の流れと空間の広がりを感じ、大拙の唱えた「宇宙」がすぐそばにあることを気づかせてくれる茶会体験でした。